
最近、熟年離婚が増えてるっていうニュースを見ました。
こういう話を聞くと、昔やったら「長年一緒におったのに、今さら離婚するんや」って思ってたかもしれん。
でも今は、なんかわかる気がするんよな。
もちろん、どこの夫婦もそうって話ではないし、定年後に仲良く過ごしてるご夫婦もいると思います。
ただ、旦那が定年になって、毎日ずーっと家におる。
それを想像したときに、楽しみより先に「しんどそう」が浮かんでしまう気持ちは、わかる。
今まで自分のペースで済ませてた家事も、ちょっと座ってひと息つく時間も、なんとなく気を使うようになったら?
「昼ごはん何?」
「どこ行くん?」
「何時に帰ってくるん?」
毎日そんなふうに聞かれたら、家におるのに休まらへんやんな。
一緒に家にいることより、自分のペースで暮らせなくなることがしんどいんやと思う。
しかも、家にいる時間が増えたからって、自然と家のことをするようになるとは限らんわけで。
ごはんが出てくるのを待って、食べ終わったらそのまま。
洗濯も掃除も、今までどおり妻の担当。
もしそんな毎日になったら、妻の仕事は減るどころか増えてしまう。
夫は定年で仕事を終えても、妻は毎日の家事から卒業できへん。
「長い間、お仕事お疲れさまでした」
その気持ちはあっても、同時に思うよな。
私が毎日やってきたことは、いつになったらひと息つけるん?って。
働いて家計を支えてくれたことには感謝してる。
でも、それでずっと「俺が養ってやってる」みたいな態度を取られるのは、また別の話やと思う。
家のことをして、子どものことを考えて、予定を調整して。
自分の都合を後回しにしながら、生活を回してきた側にも、積み重ねてきた時間がある。
それが当たり前になって、感謝もなく、何か言えば「俺は働いてきたんや」で終わる。
そんな関係のまま、これから先も毎日一緒となったら、離婚が頭をよぎることもあるやろうなと思う。
定年になった瞬間、急に嫌になるというより、今まで飲み込んできたことが、そこで一気に重たくなるんかもしれん。
子どもが大きくなったら、少しは自分の時間ができるかな。
歳を重ねたら、もうちょっと気楽に暮らせるかな。
そう思って頑張ってきたのに、また誰かの機嫌や食事の時間を中心に一日が回る。
「私、いつまで気を使って生活するんやろ」
そう感じたら、ほんまにしんどいと思う。
別に、毎日ぜいたくしたいわけでもないんよな。
好きな時間にお茶を飲んで、出かけたいときに出かけて、疲れた日はちょっと休む。
そのくらいのことを、いちいち遠慮せずにしたい。
一緒に暮らすなら、お互いに家のことをして、お互いの時間も大事にしてほしい。
「俺の昼ごはんは?」より、「今日どうする? 何か作ろか?」。
そういうひと言があったら、定年後の暮らしを想像したときの気持ちも、ずいぶん違うと思う。
熟年離婚のニュースに出てくる夫婦それぞれの事情は、外からはわからへん。
でも、「残りの人生くらい、自分の気持ちを大事にして暮らしたい」と思うことは、わがままやとは思わない。
長年一緒におったからこそ、これからはもう少し楽に過ごしたい。
歳を重ねてまで、自分の家でずっと気を張って暮らすのは、しんどいもんな。


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